レコード・レーベルの黄金期~欧州レーベル編~

『ヴィンテージ・アナログの世界』
レコード・レーベルの黄金期~欧州レーベル編~
(BIOCITY No.78掲載)

※はじめに
 昨年末から掲載を続けていたレーベル特集は
 本誌連載に追い付いてしまうため今回で一旦最終回となります。
 最新のレーベル特集は是非BIOCITY本誌でご覧ください。
 2020年1月7日に発行された81号では、
「米国レーベル史・概説その1」が掲載されております。

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各国のレーベル事情を紐解く本特集、
今回はベネルクス、スイス、オーストリアを取り上げる。

まず紹介する『ベネルクス』
これはベルギー、ネザーランド(オランダの英語表記)、
そしてルクセンブルクという三国の最初の文字を取った頭字語である。

このうち、オランダに関しては以前フィリップスを紹介したが、
それ以外のレーベルは全て小レーベルで、国内および近隣国向けとなっている。
知名度の高いレーベルでは、アルトーン、エトセトラ、イラマック、CNR、
そしてフィリップスの子会社であるフォンタナがある。
自国オランダゆかりの音楽家の録音を企画し、
小規模な運営で10~20年ほど存在したが、CD期まで自力で残ったレーベルはない。

ただし、大手レーベルのオランダ国内に向けたプレス会社は長く存続した。
当時のオランダ通貨だったギルダーは弱く(ポンドの六分の一)、
直接輸入の形では高額となってしまい販売できなかったからだ。

次に、南にくだってベルギー。この国にも大手レーベルはない。
三方向を大陸にはさまれた地理の影響だろうか。
その代わりに地域性を生かした小レーベルが、
1970年代を中心にいくつか誕生している。

仏国ディスコフィル・フランセの当地支社として発展した、
アルファというレーベルが最古参で最大の会社。
1960年代の中期頃から独自録音も開始した。
新興レーベルにはアクサン、ドゥシェンヌ、パヴァンヌ、リチェルカールなど。
ベルギーに所縁のある演奏家をメインに据えたレパートリーで企画運営された。
なかでもクイケン兄弟、ルーマニア出身のローラ・ボベスコの録音が有名。

さらに、現在でも存続しているベルギーのレーベルが1つある。
ブリュッセルで毎年開催される『エリザベス王妃国際コンクール」
そのライブ録音を行う、コンクール財団運営のレーベルである。

そして、ベネルクス三国の最後となるルクセンブルグ。
…この国には、オーケストラは有るがレコード・レーベルは無い。


続いて、スイスとオーストリアのレーベル事情に移ろう。

この二か国に居を構える音楽関係者は非常に多い。
そのため地元で開かれる小規模な演奏会も非常に多いが、
逆に商用録音・販売を行うレーベルは少ない。
有名な演奏家やウィーン・フィルに代表される著名なオーケストラは、
すでに大手の契約に縛られているためだ。
しかし、中堅の地元音楽家を中心に運営する小レーベルはいくつかある。

スイスではクラーヴェス、エリート、イェックリン、チューダーなどが知られる。
チューリヒ生まれの世界的に著名なフルート演奏家、
ペーター・ルーカス・グラーフの録音が複数のレーベルにある。
また、チューリヒで没したルドルフ・ケンペに代表される、
スイスに移住した指揮者が率いたオーケストラ曲の録音も多い。

モーツァルトが生まれ、ウィーン・フィルを擁するオーストリアには、
この2つの特色を生かしたレーベルとして同国最大規模のアマデオがある。
大手の隙間を縫って特定の契約音楽家のための録音と、
ウィーンで行われた他社音源のオーストリア出口としての役割を担ってきた。
ザルツブルクにあるモーツァルテウム管弦楽団や、
その首席奏者で結成されたモーツァルテウム弦楽四重奏団の録音が人気である。

また、モーツァルト生誕200年となる1955年の命日に、
ウィーンのシンボルでもあるシュテファン大聖堂で行われたミサにて
E・ヨッフム指揮で録音された「レクイエム」は、
今もって名演と語り継がれている。
(発売はドイツ・グラモフォンの古楽部門であるアルヒーフ)

一方で、ウィーンから想起される「音楽の都」というイメージと
現実における実体には、いささかの乖離がある。
音楽的にはパリ、ベルリンと同格の都市と言えるが、
国力の弱かったオーストリアは大手レーベルの植民地と化した。

毎年元旦にウィーンで開催されるニューイヤー・コンサートによって
かろうじて「音楽の都」の体面を保ってはいるが、
その録音は上で紹介したヨッフムのレクイエムと同様に
ドイツ・グラモフォンから発売されているのだ。

この事実がすべてを物語っている。


下記、ベネルクス、スイス、オーストリアを代表するレーベルから、
6枚のレコードを紹介する。


 オランダARTONE
H.クレバース(vn)A.リュウ指揮アムステルダムco.
ハイドン:Vn協奏曲(2曲)


 ベルギーALPHA
「ベルギー音楽の遺産」
G.ルメール指揮リエージュ・ソリスツ
グレトリー,ルイエ,イザイ,アプシル


 ベルギーACCENT
B.クイケン(fl)W.クイケン(gamb)R.コーネン(cemb)
ルクレール:Flソナタ集(9曲)


 スイスCLAVES
「三重奏曲集」
フィッシャー三重奏団,P.L.グラーフ(fl)
ブラームス,ウェーバー,ベートーヴェン


 オーストリアAMADEO
「Vnソナタ集」
J.シゲティ(vn)B.バルトーク(pf)
ベートーヴェン:Vnソナタ9番「クロイツェル」
バルトーク:Vnソナタ2番,狂詩曲1番


オーストリアAMADEO
E.d.シュトウツ指揮チューリヒ室内o.
シェーンベルク:浄夜,ウェーベルン:弦楽合奏のための5つの楽章
ベルク:叙情組曲~3つの楽章



*本記事は雑誌「BIOCITY」に掲載された記事のWEB版です
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レコード・レーベルの黄金期 ~北欧レーベル編~

『ヴィンテージ・アナログの世界』
レコード・レーベルの黄金期 ~北欧レーベル編~
(BIOCITY No.77掲載)

各国のレーベル事情を紐解く本特集、今回は北欧4か国を取り上げる。

北欧の著名な作曲家と言えばグリーグ(ノルウェー)と
シベリウス(フィンランド)が筆頭で、その次にニールセン(デンマーク)が続く。
ステンハンマル(スウェーデン)になると、やや知名度は低くなるだろう。

この北欧の4か国は言語的にも文化的にも類似や共通点が多く、
美術や文学の分野に多くの偉人を輩出している。
その背景として、厳しい気候や短い日照時間の関係から、
屋内で過ごす時間が長い事が良く指摘される。

そして、そんな北欧に住む人々のクラシックLP所有率は極めて高い。
人口に占める割合で言えば全欧州でトップクラスである。

数年ほど前に欧米で「ヒュッゲ」という考え方が大ブームを起こした。
「ヒュッゲ」はデンマーク語で「ほっと寛げる心地よい状態」を意味する言葉。
幸福度ランキングで世界一位に上がるデンマーク人が大切にする、
時間の使い方、心の持ち方、あるいはその全て=ライフスタイルである。
彼らが家族や気の置けない友人と屋内で過ごす穏やかな時間と空間において、
レコードの温もりが欠かせない存在である事が所有率の高さの背景だろう。

とはいえ、自国で大量生産するほどの市場規模は無い。
作品を輸出しようにも物価が高すぎて海外での販路開拓もままならない。
半面、国民所得は高いため欧米の大手レーベルの格好の市場となっているのだ。

では北欧でレコードは生産されていないか、と言えばそうではない。
まず、EMIグループの支社が北欧各国に有るため、
他国で録音した音源をプレスし自国レーベルとして発売している。
北欧諸国内で流通するため、スカンジナヴィアEMIとも呼ばれる。

そして勿論、文化的に裕福なこの4か国には独自レーベルも多数存在し、
その数には驚かされるほどだ。
これらの小規模な地域レーベルは、地元で録音を行い
製造を外部に依頼するという形が主となる。
特に、北欧作品の録音はこれら地域レーベルの重要な役割と言えるだろう。

中心となるのはドイツに最も近いデンマーク。
首都コペンハーゲンは北欧におけるレコード生産の拠点と言っていい。
ここには上記したEMI以外にも、英国DECCAや独グラモフォンなど
大手レーベルのデンマークプレスが有る。

デンマークの独自レーベルとしては「ダナコード」「ポコ」
「タイガー」「ダマ」「プーラ」など。
その中でも「ポイント」「フォナ」「メトロノーム」の三社は特に知名度が高い。

スウェーデンには「スウェーデン協会」「カプリース」「プロプリウス」
「アルタノヴァ」「オプス3」「SR」など。
「ブルーベル」「BIS」の二社は比較的規模が大きいと言って良い。

東にロシアと接するフィンランドでは「エスポー・レコーズ」のほか、
「フィンランディア」「フーガ」「スカンディア」「フェニカ」「アイノラ」など。

もっとも西側に位置し大西洋に面するノルウェーでは
「NKF」「ノシキ・クルトゥラード」「シマックス」「トゥローハウゲン」など。

聴き馴染みの薄いレーベルも多いとは思うが、
すべて弊社で実際に取り扱った事のあるレーベルである。

北欧の独立系レーベルはどれも1970年代に入ってからの創業。
自社工場は持たず、EMIグループの設備を借りるか、
ドイツなどの近隣国への委託生産の形を取っている。
こうした地域レーベルの演奏家となると国際的知名度の高い人物はほとんど居ない。
居ればすでに欧州大手レーベルに所属しているからだ、

しかし、無名な演奏家でも音楽レベルは高く、
耳の肥えた北欧の人々を満足させ「ヒュッゲ」なひと時に彩りを添えている。


以下、北欧レーベルを代表する6枚のLPを紹介する。

デンマークMETRONOME
M.v.ツァリンガー指揮ウィーン交響o./ウィーン・アカデミーcho.
R.シュヴァイガー,H.テッパー(s)H.マイヤー・ヴェルフィング(t) 他
モーツァルト:大ミサ曲K.427


 スウェーデンBLUEBELL
M.ヴィースラー(fl)ウプサラ・カンマーゾリステン
モーツァルト:Fl四重奏曲2番,3番,バッハ:管弦楽組曲2番B.1067


デンマークFONA
コペンハーゲンQt.
ホルムボー:弦楽四重奏1番Op.46,4番Op.63


 デンマークPOINT
「バロックフルート・リサイタル」
M.ペトリ(bf)D.ペトリ(vc)H.ペトリ(spinet)
テレマン,ベリオ,エイック,カステルロ


 スウェーデンBIS
S.シェーヤ(pf)/B.ライセル(vn)N.E.スパルフ(va)
J.O.ヴェディン指揮ストックホルム・シンフォニエッタ
モーツァルト:Pf協奏曲21番K.467,協奏交響曲K.364


フィンランドESPOO
E.オヒヨワ指揮エスポ―室内o.
カンドミノcho.
シベリウス:フィンランディア,恋する人


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レコード・レーベルの黄金期 ~イタリア・レーベル編~

『ヴィンテージ・アナログの世界』
レコード・レーベルの黄金期 ~イタリア・レーベル編~
(BIOCITY No.76掲載)

各国のレーベル事情を紹介していく本特集、
第3回となる今回の舞台はイタリア。

音楽用語の大半がイタリア語である事からも分かる様に、
イタリアはバッハが生まれる以前から数世紀に渡って音楽の先進国であった。
教会と密接な関係にあったクラシック音楽が、
バチカンの膝下で発展を遂げたのは自然の成り行きである。

バッハより一世紀ほど前に活躍した大作曲家クラウディオ・モンテヴェルディは、
1567年に北イタリアのクレモナで生まれ、幼少期にクレモナ大聖堂の学長に学んだ人物。
現代でも演奏される機会の多い「オルフェオ(L'Orfeo)」を皮切りに、
生涯に少なくとも18曲のオペラを作曲した。

この「オペラ」という言葉は、イタリア語で「作品」を意味する。
ドイツ人のフィリップ・テレマン(1681~1767)が登場するまで、
オペラはすべてイタリア語だったのだ。

この歴史的背景から、20世紀のレコード業界は
イタリア・オペラの記録、保存および販売に邁進した。
クラシック音楽全般を扱う海外のレーベルの多くが、
オペラを重要な一部門として位置付けている。

上記の様にオペラの本家である一方で、
ニコロ・パガニーニ(1782~1840)に代表される
「超絶技巧」系のヴァイオリンが発展したのもイタリアである。
これにはストラディバリウスで著名な、
北イタリアのヴァイオリンの産地クレモナの存在が大きく関わってくる。

しかし、そのパガニーニ作品の録音に力を入れたのも、
結局はイギリス、フランス、ドイツなど
大規模なレコード市場を持つ国のレーベルであった。

イタリアのレコードの生産量は上記の三国の1%にも満たない上、
交響曲に至っては独自録音が殆ど無い。
更には、まともな録音設備が存在しない為、
海外のメジャー・レーベルがイタリアで録音を行う際には
機材を自前で持ち込まねばならなかった程である。

そもそも、イタリアでクラシックのレコードを探しても全く見つからない。
家庭で保有する枚数がそもそも圧倒的に少ないので、市場に出てこないのである。
生活の中にオペラや歌曲が浸透している環境下では、
レコードを購入して聞くという行為自体が余り浸透しなかったのだろう。

こうした状況ではあるが、
逆に希少と言えるイタリア・レーベルを紹介していこう。

EMIグループの「ラ・ヴォーチェ・デル・パドローネ(La Voce Del Padrone)」は、
イギリスとフランスで録音された作品のイタリアプレスを担当。

アメリカに本社を置くイタリアRCAは本国イタリア出身のヴァイオリニスト、
サルヴァトーレ・アッカルドの無名時代の録音を収めた。
その後、彼が有名になりオランダPHILIPSに移籍すると、
松脂飛び散る激情的な演奏は鳴りを潜めてしまった。

イタリア最大のレーベルである「チェトラ(CETRA」は国営として始まり、
同じく国営の公共放送「イタリア放送協会(RAI)」との結びつきも強く、
ラジオ放送を兼ねたオペラの録音を数多く収めた。
まさにオペラLPの宝庫と言える。

「リコルディ(Dischi Ricordi)」は数少ない室内楽・器楽を柱としたレーベル。
「アンジェリクム(Angelicum)」は宗教音楽を主流とし、
「メロドラム(Melodram)」は多数のオペラ録音を残した。
1970年代には振興の小レーベルが、それぞれ独自の路線を展開していた。


さて、前回紹介したスペインとイタリアとの大きな違いは、
海外レーベルに流出した音楽家の質と量である。

アメリカRCAはA.トスカニーニ指揮の作品群で世界的レーベルにまで発展した。
トスカニーニの後継者と見なされたグィード・カンテッリを得たイギリスHMVは、
LPレコード製作の第一弾に彼が指揮するチャイコフスキー「交響曲第5番」を選んだ。

同じく指揮者のクラウディオ・アバドは、
独グラモフォンに移籍するとドイツ中にオペラ旋風を巻き起こした。
現代最高のピアノ奏者の一人である、
マウリツィオ・ポリーニもDGGで録音を量産した。

イギリスDECCAと契約したルチアーノ・パヴァロッティは、
スペイン出身のドミンゴ、カレーラスの両者と共に「三大テノール」と称される。

ローマで産声を上げたイ・ムジチ合奏団によるヴィヴァルディ「四季」は
オランダPHILIPSで1955年に初録音されると累計300万枚を売り上げ、
日本にも「四季」ブームを到来させた。

上に列挙した世界的知名度を誇る音楽家たちの全てが、
イタリアに生まれながら他国のレーベルに「流出」した人材なのである。

下記、イタリア・レーベルを代表する6枚のレコードを挙げる。


伊ARS NOVA
R.ガンドルフィ指揮ミラノ・スカラ座ポリフォニコcho. 
M.フレーニ(s)L.ヴァレンティーニ(ms)L.パヴァロッティ(t)R.ライモンディ(bs)
L.マジエラ(pf)V.ロゼッタ(ハーモニウム)
ロッシーニ:小ミサ・ソレムニス(小荘厳ミサ曲)


 伊ITALIA
P.スパダ(pf)
ケルビーニ:Pfのためのカプリッチョ(エチュード),Pfのための幻想曲


 伊ARCOPHON
A.エフリキアン指揮ミラノ室内楽団
M.リナルディ/C.ヴィラルタ(s)R.ボルトルッチ(vn) 他
カリッシミ:オラトリオ「ヨナの物語」


 伊ANGELICUM
F.グッリ(vn)E.カヴァッロ(pf)
P.ウルビーニ指揮アンジェリクムo.
メンデルスゾーン:VnとPfの二重協奏曲ニ短調MWV. O4,Vnソナタ


 伊CETRA
G.カミルッチ指揮レッコ音楽クラブ・アカデミアcho.
ヴェッキ:音楽喜劇「パルナッソス山をめぐって」


伊DYNAMIC
D.リニャーレス(gt)T.フュリー(vn)L.A.ビアンキ(va)F.グイ(vc)
パガニーニ:Gt四重奏曲14盤,Gt四重奏曲15番


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