レコード・レーベルの黄金期 ~ポーランドMUZA編~

『ヴィンテージ・アナログの世界』
レコード・レーベルの黄金期 ~ポーランドMUZA編~
(BIOCITY第68号掲載)

前回紹介した東欧レーベルを解説していくシリーズの、
まず第一弾はポーランドの「ムーザ(MUZA)」を取り上げる。

東欧最北に位置するポーランド。同国のレコード生産の歴史は
隣国ドイツ「オデオン」のワルシャワ支社としてSPを製造したのが始まり。
その後、1954~56年に国営企業である
「ポルスキエ・ナグラニア・ムーザ」が設立されると本格化した。
会社名は直訳で「ポーランドの、録音記録、ミューズ(芸術の神々)」といった意。

社名の最後の単語「ムーザ(MUZA)」をレーベル名とし1991年の解散まで使用した。
クラシック部門ではその後、三つのサブ・レーベルが追加されていく。

発足時にプロデューサーとして作曲家/音楽学者のリシャルト・シエリツキを迎え、
会社の命運を賭けてジャズ、ロック、ヘヴィメタルなど幅広い分野に進出。
特に「ポルジャズ」ほか五つのレーベルを持つジャズ部門は、
アメリカで人気を博し世界的レーベルへと成長していく。

最盛期にはクラシックを含めた12のレーベルを擁する企業に成長した。
これは小国のレーベルとしては異例の成功といえるが、
分野拡大の背景には1950年代のポーランドの事情がある。

当時、クラシック界で名声のある音楽家は既に海外に流出しており、
西欧やアメリカのメジャー・レーベルで活躍していた。
その反面、国内のオーケストラは隣国のドイツやソ連に比べ
かなりの薄給で常に人材不足に悩まされていた。
そういった状況下でも国営レーベルの威信を賭け
作品を産み出し続けてきた人々の情熱を当時のラインナップから感じる事ができる。

とくに1956年に新体制へと転換すると、
彼らは国内の人材だけでカタログの骨格となるベートーヴェン交響曲全集を企画。
ヴィトルド・ロヴィツキとスタニスワフ・ヴィスロツキ、
この二人の指揮者で全集録音が果たされた。

ピアノでは、第四回ショパン・コンクール(1949年)優勝者の
ハリナ=チェルニー・ステファンスカ、
同じく第五回(1955年)優勝者のアダム・ハラシェヴィチ、
政治家として首相の経験も有るイグナツィ・パデレフスキ、
「戦場のピアニスト」の主役として知られるウワディスワフ・シュピルマンなど、
この国ならではの個性派揃いの録音が残されている。

ヴァイオリンでは作曲家シマノフスキの自作自演、
彼の弟子ワンダ・ヴィウコミルスカ、ロマン・トーテンベルク、
ブロニスラフ・ギンペルの名が挙げられるだろう。

注目すべきは1959~1960年、ショパン生誕150周年企画として
ピアノ作品全集が”自国の精鋭たちで”進められ完成したことである。
これはLPにして25枚にもおよぶ偉業となった。

当時国際的に無名だったピアニストたちは国内に残り、
後進の育成に生涯を捧げ「ポーランド派」なるスタイルを作り上げた。
今でもヴィエニャフスキ、シマノフスキ、パデレフスキらの曲は、
ムーザの録音が最も信頼の置けるとされ、高い人気を誇る。
また、ショパン・コンクールの録音をLP化し海外配信する仕事は
ムーザにしかできない重要な役割となった。

ムーザは1970年代に入るとタイトルを増やし、
時には自国のみならず外国の音楽家の録音なども加え、
規模こそ小さいが魅力ある個性的なレーベルと認知されるまでに至った。 

最後にショパンその人について。
彼は20歳で出国し、名作の大半をパリで書き上げた。
二度と故国の土を踏むことはなく、遺骨だけが姉の元に帰還する。
彼の人生が「ムーザ」を雄弁に物語っている。


本記事の関連レコードはこちら
 ※店頭在庫はジャケット画像をクリックし、
弊社ホームページよりご確認ください


 W.ロヴィツキ指揮/ポーランド放送交響楽団
ベートーヴェン:交響曲7番Op.92


 Z.ドルゼヴィエツキ,H.シュトンプカ(pf)
「夜想曲集 1」
ショパン:夜想曲1~9番,19番,20番



 I.J.パデレフスキ(pf)
「ドキュメント1910」
ベートーヴェン,メンデルスゾーン,パデレフスキ,
リスト,ショパン,シューベルト



 G.オールソン,内田光子,P.パレチニ,
E.インジック,N.ガヴリロワ,J.オレイニチャク(pf)
「1970年ショパンコンクール」
ショパン:Pfソナタ2番,マズルカOp.17-1,夜想曲Op.48



 R.スメンジャンカ(pf)
「ポーランドPf作品集」
オギンスキ,ヤニェヴィチ,レッセル,シマノフスカ



 
 H.チェルニー・ステファニスカ(pf)
J.クレンツ指揮/ポーランド放送交響楽団
ベートーヴェン:Pf協奏曲2番Op.19,グリーグ:Pf協奏曲Op.16



*本記事は雑誌「BIOCITY」に掲載された記事のWEB版です
詳しい内容は是非誌面をご覧ください、
購読・バックナンバーのお問い合わせは以下です

株式会社ブックエンド 
東京都千代田区外神田6-11-14 アーツ千代田3331 #300 
Tel. 03-6806-0458  Fax. 03-6806-0459