カッサンドルのレコード・ジャケット NO.1

『ヴィンテージ・アナログの世界』
カッサンドルのレコード・ジャケット NO.1
(BIOCITY No.49掲載)

先月より公開中の『ヴィンテージ・アナログの世界』web版、
東欧各国のレーベル特集を今月は一時中断。
レコード・ジャケットに革新をもたらした伝説的デザイナー、
カッサンドルについての特集を4回にわたってお送りする。

- カッサンドルという人物 -

アドルフ・カッサンドル(Adolphe Cassandre)1901年生誕~1968年逝去
本名アドルフ・ジャン・マリー・ムーロン(Adolphe Jean-Marie Mouron)は
ウクライナ生まれのグラフィック・デザイナー。

アール・デコを代表する作家で特にポスター黄金時代の立役者として知られるが、
同時に舞台芸術家、版画家、そしてタイポグラファー(書体デザイン)と、
多様な才能を開花させた。
 
この書体デザイナーという才能と音楽が出会った時、
カッサンドルにしかできない唯一無二の作品群が生まれた。
発端は仏パテ・マルコーニ(Pathe-Marconi)社から依頼された
クラシック・レコードのジャケット・デザイン。
その後、数百点の作品が誕生している。

彼は第二次大戦前に仏パテ社のSPレコードのポスターを制作していた事があり、
戦中~戦後にかけては、パリとプロヴァンスで
バレエやオペラの舞台芸術を担当していた。
とくに1949年に古都エクス・アン・プロヴァンスで上演された
「ドン・ジョバンニ」の舞台装飾は有名。

つまり、古くから音楽との接点があり、
パテ社が1950年代中~後半から販売を企画した
棒付のボード型レコード・ジャケット(通称バゲット)のデザインに
彼を起用したのは自然の成り行きだったと言える。
 
- 音楽とジャケット・デザインの蜜月 -

当時LPの価格は高額で、フランスでも初任給で数枚が買えた位だろうと想像できる。
まして1950年代の日本に輸入される事はほとんどなく、
我々が目にするようになったのは、この十年足らずのことである。
こういった高額なクラシック・レコードに対し、
相応した『デザインという付加価値』が求められるのは
この時代の欧州では当然のことであった。

1950年代後半からパテ社(VSM、COLOMBIA、PATHE、CAPITOLレーベル)の
レコード・ジャケットのデザインを始めたカッサンドルは、
約5年間集中的に作品群を生み出すも、1959年頃に突然この仕事から身を引いてしまう。
後を任されたのは、工房の助手であったシルヴィ・ジュベールで、
彼女は工房名をジュベール工房と改め1960年代半ばまで制作を続けた。

1960年代後半、レコードの単価が下がり大衆化しはじめると、
デザイン性は重視されなくなり、
音楽とジャケット・デザインの幸福な結婚は8年ほどで終了する。
『蜜月期間』と呼べるのは僅か4年であった。

1960年代の欧州ではグラフィック・デザインが分業化しはじめ、
同時にイラストレーション化・写真化が進んでいった。
コミュニケーションツールとしての役割をより背負うようになり、
ポップアートなどが台頭する。

一世を風靡した創作もいずれ古くなってしまう現実を、
カッサンドル自身が誰よりも痛感していたことだろう。
彼は1968年パリで拳銃自殺する。享年67歳、うつ病だったと言われる。

- 文字だけで構成されたレコード群 -

カッサンドルのデザイン・ジャッケットを一口に説明するのは難しい。
彼の作品は膨大な数にのぼるが、モチーフ別に見ると…

「文字」
「枠と文字、枠とイラスト」
「自作イラスト」
「既存のイラストや写真」

この四つのタイプに大別できる。

今回は一つ目の「文字」をつかったジャケットを紹介しよう。
このタイプには1929年にクライアントの為に創作した書体「ビフェール」体と
1937年創作の「ペニョ」体、「アシェ・ノワール」体の三種が、
既成の書体との組合せで構成されている。

特に、書き文字書体であるペニョ体と活字体との組み合わせは
そのバランスが生み出す調和が視覚を通して音楽、またはLPという商品へと誘う。
カッサンドルがどれほど中身の音楽とデザインの相互関係を意識していたかは不明だが、
現代音楽にはより斬新なペニョ体を、
古典音楽にはより安定した既成活字体を使用しているように感じる。

文字だけでここまで芸術性の高いデザインを創造したジャケット・デザイナーは
後にも先にもカッサンドルただ一人である。



- 代表作品 -

A ペニョ体とその変形のみ(稀覯種)
字体の柔らかさが幻想感や甘さを表現

A-1
G.スゼー(br)A.ヴァンデルノート指揮パリ音楽院o.
ラヴェル歌曲集


A-2
A.ジョリヴェ指揮フランス国立放送o.
アンサンブル・デ・マドリガル
ジョリヴェ:祝婚歌/デルフィ組曲


A-3
Vd.ロサンヘレス(s)器楽伴奏
5世紀間のスペイン歌曲集(1300~1800)

B ペニョ体と既存書体の混合
作品または作曲家と演奏家における対比性/対等性を表現

B-1
A.B.ミケランジェリ(pf)E.グラチス指揮フィルハーモニアo.
ラヴェル:pf協奏曲,ラフマニノフ:pf協奏曲4番


B-2
J.フェヴリエ(pf)G.ツィピーヌ指揮フランス国立放送o.
ラヴェル:左手のためのpf協奏曲
ドビュッシー:pfと管弦楽のための幻想曲


C 中心文字に彩色 or グラデーション
色合いの表現で曲想や演奏スタイルを表現


C-1
A.クリュイタンス指揮ベルリンpo.
シューマン:交響曲3番Op.97「ライン」,マンフレッド序曲


C-2
W.ギーゼキング(pf)指揮フィルハーモニアo.
ベートーヴェン:Pf協奏曲1番Op.15


C-3
C.フェラス(vn)C.シルヴェストリ指揮フィルハーモニアo.
チャイコフスキー,メンデルスゾーン:Vn協奏曲


D 既成書体によるデザイン
配色や余白のバランスなどで作品それぞれの個性を表現
D-1
A.ランス(t)A.ヴォルフ指揮オペラ・コミックo.
アルベール・ランス・オペラアリア集
プッチーニ:ラ・ボエーム,グノー:ファウスト 他


D-2
D.オイストラフ(vn) V.ヤンポルスキー(pf)
ベートーヴェン:Vnソナタ3番Op.12-3
ブラームス:Vnソナタ3番Op.108




*本記事は雑誌「BIOCITY」に掲載された記事のWEB版です

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