カッサンドルのレコード・ジャケット No.4

『ヴィンテージ・アナログの世界』
カッサンドルのレコード・ジャケット No.4
(BIOCITY No.52掲載)

カッサンドルが残したレコード・ジャケットについて、
四つに大別したモチーフ(文字・フレーム・イラスト・写真)で考察してきたが、
最終回となる今回は最後の『写真』を取り上げる。

この四つのモチーフは時系列順でもある。
実のところ、カッサンドル自身が制作した写真ジャケットは僅かしかない。
前回書いた通り、1950年頃から8年ほどの制作期間を過ごした後、
1959年に助手であったシルヴィ・ジュベールに仕事を託し、
一線から身を引いてしまった為である。
この1959年頃から始まったのが写真を使ったジャケット制作である。

写真ジャケットの一つの特徴として、
ジャケット下部に工房名と共に「メルキュール・ED・パリ」のロゴが入っている。
つまり、レコード・ジャケットは写真家とのコラボレーションの場となったのである。

カッサンドルの後を引き継いだジュベールの工房は、
当初こそ先代と同様に文字やイラストの手法を踏襲していたが、
カリスマを失った工房に新鮮さは無くなり、簡易な「写真ジャケ」に中心を移してゆく。
初歩のデザイン知識さえあれば低コストで量産できる、
そんな写真ジャケに流れていったのは必然だったのだろう。

カッサンドルは引退直前の1958年から1959年にかけて、
数点の写真を使ったデザインを残した。
これらの作品には演奏家の意思を伝える力があり、
たとえ写真を素材としていてもデザインのプロとしての意地を感じさせる。

ただし、同じ手法は多用できない。
カッサンドルはこの時、写真という素材には
「デザイン」としての発展性に限りがあり、未来が無いことを感じ取ったのだろう。
その後、再び手がける事はなかった。

カッサンドルが引退した後、
1965年にフランスの三大レーベル(COLUMBIA、PATHE、VSM)はEMI(VSM)に統合、
時を同じくしてジュベール工房も閉鎖したと思われる。
1959年からの6年間に制作した写真をメインにしたジャケットが、
ジュベール工房が残した作品の全てである。

そしてフランスに限らず世界中のレーベルが、
写真をベースに文字を重ねただけの簡易なデザインへと移っていった。
それと同調するかのように、肝心の音楽自体も個性を失い、
ドングリの背比べになっていったことも事実である。

レコード会社にとって低コストで量産が効く写真ジャケという
「打ち出の小槌」を振り続けることによって確かにレコードは大衆化された。
その意味で写真が果たした功績は大きい。
しかしその立場も約20年の後、
1983年のCD発売と共にジャケットの縮小化が起こり役割を減じる。

2001年にはダウンロード式のiTuneが出現。
ジャケットという「顔」の無くなった再生音楽はコイン数枚の価値となった。
過去50年に渡り隆盛を誇ったレコード会社は今は見る影も無い。
逆にコンサート会場は人々でにぎわっている。

写真という便利なツールがレコードの流通を根本から変えた結果、
現代的、効率的な商業活動に繋がっていったことは確かである。
しかし、それを敢えてカッサンドル側から見ると、
本人に引退を決意させた写真ジャケットこそが、
クラシック・レコード業界全体の「死の行進」の第一歩になったとは考え過ぎだろうか。

カッサンドルは最後のジャケットを完成させた時、
既にそのことを予見していたように思えてならない。



四つに大別したモチーフ(文字・フレーム・イラスト・写真)の中から、
最後の『写真』を使ったジャケット6点を三種に分類して紹介する。


A カッサンドルの手によるもの
ジャケットの下にカッサンドル工房のロゴのある稀少な2点。
うち1点はジュベール工房との共同作業によるもので、さらに珍しい。

A-1
L.コーガン(vn)O.アッカーマン指揮フィルハーモニアo.(モーツァルト)
B.キャメロン指揮ロンドンso.(プロコフィエフ)
Vn協奏曲集/モーツァルト:3番K.216,プロコフィエフ:2番Op.63

A-2
J.ミショー(s)P.ボノー指揮so./レイモン・サン・ポールcho.
歌曲集「巴里のワルツ」/プーランク,アーン,ルコック
オーリック,メサジェ,ボノー 他11曲


B ジュベール工房によるフレーム・タイプ
フレーム内に写真を配したデザイン。
文字も色数に抑えて上品な印象に。最もジュベール工房らしい代表作。
カッサンドルの残した基本スタイルを上手く発展させた。

B-1
R.クレスパン(s)O.アッカーマン指揮フランス国立オペラo.
オペラ・アリア集/ウィリアム・テル,運命の力,オテロ,タンホイザー 他


B-2
S.フランソワ(pf)P.クレツキ指揮フランス国立放送so.
シューマン:Pf協奏曲Op.54,ショパン:Pf協奏曲2番Op.21


C ジュベール工房による全景写真タイプ
おそらく1962年頃に全景写真をベースに文字を重ねる手法が開始された。
その後このタイプは単純化され、世界的スタンダードになっていった。

C-1
E.シュヴァルツコプフ(s)G.ムーア(pf)
ヴォルフ:ゲーテ詩集


C-2
E.シュヴァルツコプフ(s)G.ムーア(pf)
「永遠のメロディVol.1」マルティーニ,メンデルスゾーン,ドヴォルザーク 他