レコード・レーベルの黄金期 ~エレクトレコード編~

『ヴィンテージ・アナログの世界』
レコード・レーベルの黄金期 ~ルーマニアELECTRECORD編~
(BIOCITY第72号掲載)

東欧レーベル特集の第四弾は、
ルーマニアより「エレクトレコード(ELECTRECORD)」を紹介する。

エレクトレコードの歴史は1932年にさかのぼる。
楽譜や楽器の販売を手掛けていた実業家ナタン・ミショツェニキが
ドイツ「クリスタル社」の機材を導入しルーマニア国内で録音を始め、
1934年にはSPを生産開始、1937年には初めて録音スタジオを開設した。

1948年には社会主義体制下で国営企業となり
「エレクトレコード」の名前を当局から与えられる。
リールテープに竪琴が乗った同社のロゴは、その当時から変わらない。
LPレコードは1956年にスタートし、1973年からはステレオLPも生産された。
これは英国(DECCA)に対して、17年も遅れての開始となった。

1965年にルーマニア社会主義共和国が成立すると、
国内唯一のレコード会社として、最盛期には年間600万枚のLPを生産した。
その内訳は20%がクラシックで残り80%がそれ以外の軽音楽をしめ、
同時に多くの傍系レーベルも生まれた。

だが、1989年のルーマニア革命によって独裁政治が終わると、
新興のレコード会社が出現、同時に若者の海外音楽への傾倒が加速し
エレクトレコードは衰退の一途を辿っていく。

これも時代の流れだ、と彼らが諦念していた訳ではない。
テオドール・カルティスを新たにプロデューサーに起用、
経営陣にも新風を吹きこみ、1994年頃からは古いレコード音源をCD化するなど
幾つかの対策を打ち、この危機を乗り越えるつもりだった様だ。
しかし、1998年には英国企業に自社工場を買収され、
遂には2012年に80年の活動に幕を下ろすことになる。

続いてはルーマニアの音楽事情について。
ルーマニアに生まれて「国際的」に活躍した音楽家には、
ヴァイオリンでは国宝級のジョルジュ・エネスク、美貌のローラ・ボベスコ。
ピアノでは夭折したディヌ・リパッティ、
最高のモーツァルト弾きと称されたクララ・ハスキル。

指揮者ではミュンヘン・フィルを率いたセルジュ・チェリビダッケ、
「爆演系」の個性派コンスタンティン・シルヴェストリなど
素晴らしい芸術を生み出した人物が、綺羅、星のごとく存在する。

対して、ルーマニアに留まった音楽家たちの演奏を聴くと、
ラテン気質の明るい音楽で、まるで第二のイタリアのようである。
先に挙げた天才、達人たちには、そうした故国の明るさは感じられない。

あの東独ETERNAでさえも1980年代には西側と共同制作を行っている中、
自国に残る演奏家、自国での録音という形式にこだわるあまり、
エレクトレコードは殻に閉じこもったのだ。
こういった国際社会、あるいは西側社会とのギャップが、
国内消費頼みの作品ばかりを作り、後に衰退していった原因の一つでもあるだろう。

現在でも首都ブカレストで2年に一度開催されるジョルジュ・エネスク音楽祭がある。
聴衆は12万人を超える規模で、費用の半分を国が負担する代わりに
参加者はエネスク作品を1曲演奏することが義務付けられる。
ここには「ルーマニアの音楽文化を継承し、広める」という意図がある。
しかし、皮肉な事に当のエネスクは共産化した故国に二度と戻らなかった人物だ。

オーケストラの水準に関しても国情とはいえ寂しい限りで、
これまでに紹介した4つの東欧レーベルの中では
もっとも成功から遠いレーベルと言わざるを得ない。
しかし、その保守性が産みだした強い音楽的個性ゆえに、
大いに興味をそそる東欧レーベルでもあるのだ。

最後に一つ明るい話題を。
実は、従業員たちが株式を取得し、アンドレスキュー・ヤナをCEOとして
エレクトレコードSAが設立、上場企業となった。
録音こそ限られるが、現在でも地道な活動を続けている。


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G.ジョルジュスク指揮エネスクpo.
ベートーヴェン:交響曲5番Op.67,コリオラン序曲Op.62


M.コンスタンティネスク(vn)
C.ブゲアヌ指揮シネマトグラフィso. V.ステファネスク(pf)
ベートーヴェン:ロマンス1番Op.40
2番Op.50,Vnソナタ5番Op.24「春」


M.クリステスク指揮クルージュ・ナポカ室内o. S.ルハ(vn)
ヴィヴァルディ:四季


H.シェリング(vn)I.コンタ指揮ルーマニア放送so.
ベートーヴェン:Vn協奏曲Op.61


V.ゲオルギウ(pf)R.シュマッハー指揮
メンデルスゾーン:Pf協奏曲1盤Op.25,フランク:交響的変奏曲

M.クリステスク指揮
ルーマニア・シネマトグラフィーso.
エネスク:組曲3番Op.27「田舎風」,演奏会用序曲Op.32


*本記事は雑誌「BIOCITY」に掲載された記事のWEB版です
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