レコード・レーベルの黄金期 ~ユーゴトン編~


『ヴィンテージ・アナログの世界』
レコード・レーベルの黄金期 ~ユーゴスラビアYUGOTON編~
(BIOCITY第74号掲載)

東欧シリーズの最後は旧ユーゴスラビアの「ユーゴトン(YUGOTON)」を紹介する。

ユーゴスラビアという国家は、
1918年に南スラブ系の多民族国家としてバルカン半島北西部に成立し、
1945年に連邦人民共和国制、1963年に社会主義連邦共和国制となる。
その後1991~1992年に分離・独立が進み、
セルビアとモンテネグロが新ユーゴ体制(セルビア・モンテネグロ)を構成したが、
2006年に両国が分離し、完全に解体された。

このように、国の事情が他の東欧諸国と大きく異なっており、
まず「唯一の国営レーベル」というものが存在しない。
「ユーゴトン」というレーベルも1947年ザグレブ(現クロアチア)で創設されたが、
1933年にSP制作で創業した「エレクトロトン」を継承した民間企業であり、
政府の関与はあったものの国営ではない。

他には、1953年発足のセルビアの放送局が有する「RTB」
(ラジオ・テレビジョン・ベオグラード)、
1972年ザグレブで創業した「スージー」、
同じ頃スロベニアで発足した「ZKPリュブリャナ」などが有るが、
すべて同地の放送局所有のレーベルである。
これらにユーゴトンを加えた、少なくとも四つの音楽レーベルが併存していた。

ユーゴトンはその中の最大勢力で、8人の役員によって運営されていた。
LPは1957年、ステレオLPは1961年から生産を始め、
国家が完全に解散する前の1990年頃に活動を終了する。

ユーゴスラビアは地理的には、スペイン、イタリアなどと同じ緯度にある。
そして、これらの国と同様にクラシック音楽のLP生産には積極的ではなかった。
(実際、バルカン半島ではユーゴ以南でクラシックLPを生産した国はない)
その最大の理由は、比較的緩やかな社会主義体制の下で、
西側諸国との流通やライセンスビジネスに重きを置いていた事だ。
いくらでも西側から良質な音楽が手に入る中では、
自国制作へのこだわりは培われなかったのだろう。

そして、体制の厳しい国の音楽ファンもユーゴに旅行することで、
入手が難しい西側レコードや、ライセンスプレスを闇で入手することができた。
闇…つまりは違法行為だが、放任状態だったようだ。
いわば「東欧におけるユーゴスラビア」は、
「中国における香港」のような存在だったのである。 

ユーゴトンのレコードの内容を見ると、
生産量や種類こそ少ないが、地元の音楽家を起用しバルカンらしい録音を行っている。
国内の中核都市にはローカルオケが存在し、器楽奏者も活躍していた。
しかし、彼らのほとんどは国際的な知名度が低く、輸出しようにも商品価値がない。
そのためユーゴトンの主なラインナップは地元のロック、ポップのミュージシャンや、
海外有名アルバムのコピーが中心となってしまった。

だが、たとえ国際的な知名度が低いとはいえ、
彼らの演奏スタイルは南スラブ系のルーツを継承する独自のものがあり、
コアなクラシックファンにとっては、謎に満ちた憧れのレーベルとなっている。

そして特記すべき点は、他の六つの東欧レーベルは
国の体制の崩壊と共に一度は解散に追い込まれるか消失したが、
旧ユーゴスラビアの四つのレーベルは、それぞれ現在も活動を続けていることだ。
ユーゴトンもCD化などの近代化路線に乗り遅れたものの、
1991年に「クロアチア・レコード」と社名を変更して、現在に至っている。 

日本で最も馴染みのある旧ユーゴ出身の音楽家といえば、
ロヴロ・フォン・マタチッチであろう。
N響の指揮で知られる彼も、ナチ協力者として戦後は活動休止を余儀なくされた。

今回の特集で紹介してきた7つの東欧レーベル、
その全てが国家体制によって民族性を発揮したと同時に、
世界情勢によってその後の運命を左右された。
その国の演奏家も同様である。

東欧レーベルを政治と切り離して語ることなど出来ないのだ。


※東欧レーベル7ヵ国の紹介は本稿にて完結となります。
 次回以降、西側メジャーレーベルの紹介もご用意していますので、
 ご期待の程をよろしくお願いいたします。


本記事の関連レコードはこちら
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ベオグラード・デュオ 
D.ボゴサヴリェビィチ(vn) N.ケクマン(pf)/ヴァイオリン曲集
V.モクラーニャッツ:vnソナタ
リムスキー・コルサコフ:熊蜂の飛行
パガニーニ:奇想曲13番 他


 ザグレブQt.
スメタナ:SQ1番「わが生涯より」
ブルカノヴィチ:SQ2番,ルジャック:クラシカル・ガーデン


 M.リポフシェク(alto)E.ヴェルバ(pf)
「1983年リサイタル」
シューベルト,ブラームス,リヒャルト・シュトラウス
F.マルタン,A.ラヨヴィッチ

S.ラディチ(pf)
ベートーヴェン:Pfソナタ集
2番Op.2-2,16番Op.31-1,27番Op.90,28番Op.101


S.イサコヴィチ(スピネット)
「スピネット曲集」
バード,ブル,ダウランド,ヴァレンテ,パッヘルベル 他


J.ムライ(pf)
シューマン:子供の情景,ドビュッシー:子供の領分,アラベスク



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