クラシック音楽と録音技術の歴史 No.1

『ヴィンテージ・アナログの世界』
クラシック音楽と録音技術の歴史 No.1
(BIOCITY No.53掲載)

音楽が他の芸術と決定的に異なる点は、
その音が発せられた次の瞬間に消え去ってしまうこと。
そのため、音楽という芸術を改めて楽しむには、
「録音」と「再生」という作業が必要になる。

今日、コンサート会場に行けば、
演奏者が過去にリリースしたCDが並べられている。
この「録音」という技術は、時代ごとに最新の方法が開発され、
その流通も含め時代を反映した方式が採用されてきた。

クラシック音楽が過去どのような方法で録音され今日に至るのか、
代表的なメディアを取り上げその歴史を振り返ってみたい。
第一回となる今回は、1900年頃~1950年頃までの約50年にわたり、
メディアの主流であった「SP」を紹介する。

SPは”Standard Playing”という言葉の略で、
シェラックという材料(ある種の昆虫の分泌物)で出来た円盤型メディア。
回転速度は毎分76~80回(主に78回転を用いた)で
海外では「78rpm Record」の様に呼ばれ、10インチと12インチの二種が有った。

それ以前はトーマス・エジソンが1877年に開発した円柱型の
「蝋管レコード」が有ったが、これは余り普及しなかった。
1895年にエミール・ベルリナーが円盤式蓄音機で再生するSPレコードを開発し、
LP(Long Playing)の出現までスタンダードとして流通した。
(この円盤式蓄音機「グラモフォン」の呼び名は今にも残っている)

SP時代の前半はアコースティック機械式の吹き込み、
後半はマイクロフォンを用いた電気録音という二種の方式で家庭に普及していった。
1950年代までの生まれの読者なら、一度は目にしたことがあるだろう。
落とすと割れてしまう、とても重い円盤であり、古い映画にもよく登場する。
ただし、SPを単にローテクノロジーと片付ける訳にはいかない。
それは最新技術をもってしても超えられない、豊かな再生音を持っているからである。

当時は一部の名人的演奏家や作曲家の自演のような、
限られた録音のみが許された時代であった。
これらの多くが、今もって普及の名演と呼ばれ聞き継がれている。
例を挙げれば、チェロのパブロ・カザルスが発見し
1930年代に世界で初めて全曲録音を行ったバッハ無伴奏チェロ組曲。
何度となく新しい時代のメディアに焼き直されているが、
オリジナルSPを再生した音が最も良く、CDなどに復刻された再生音は
もはや同じ演奏とは思えないほど音質が劣化している。

今日では「アナログの方が音が良い」という認識が常識とされているが、
実は究極のアナログ録音方式とはLPレコードではなく、
演奏者が奏でる音楽を”その場で”円盤(メタル原盤)に刻む、
SP(ダイレクト・カッティング)レコードである。
したがって、もし新旧3~4種の録音(収録)方式を
同時に試す事が出来たら、忠実度が最も高いのはSPだと分かるだろう。

しかし、時代は最高の方式からスタートし劣化の歴史を辿った。
何故ならダイレクト・カッティングは
演奏者、製作者、また消費者にとっても、
全ての面で労力を必要とする、非効率、非生産的な方式だからである。
こうした録音における音質劣化の歴史とは逆に、
効率は進歩を遂げつづけ音楽は安価になった。

今日では一部の愛好家のみがこの最古で最良の方式を、
手間をかけて享受しているのが現実である。
SPは鑑賞者にも覚悟を求める方式なのだ。

下記に6点のSPを紹介しよう。
ちなみにSP時代にはレコード・ジャケットは存在せず、
薄手の紙袋に収めて販売されていた。
各社が工夫を凝らしたデザインを眺めるのも、SPの楽しみの一つだろう。

※神保町の弊社店頭にはHP上に載せていない
 SPレコードも多数ご用意しております。
 再生方法なども含め、ご興味の有る方は是非一度ご来店ください。


 E.カルーソー(t)オーケストラ伴奏
マイアベーア:歌劇ユグノー教徒より「白テンよりも美しく」


 G.クロエ指揮パリpo.
ブリュノー:「メシドール」


S.ゴールドベルク(vn)L.クラウス(pf)
モーツァルト:Vnソナタ41番K.481 


W.マードック(pf)
ショパン:葬送行進曲,グリーグ:アニトラの踊り,
メンデルスゾーン:蜜蜂の結婚


バエール(voc)オーケストラ伴奏
ドリーブ:ラクメ,ビゼー:美しいパースの娘


F.クライスラー(vn)ピアノ伴奏
ドヴォルザーク:ユモレスクOp.101-7,
クライスラー:ウィーン奇想曲


*本記事は雑誌「BIOCITY」に掲載された記事のWEB版です
詳しい内容は是非誌面をご覧ください
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