クラシック音楽と録音技術の歴史 No.4

『ヴィンテージ・アナログの世界』
クラシック音楽と録音技術の歴史 No.4
(BIOCITY No.56掲載)

録音技術の歴史を辿ってきた本シリーズ。
最終となる今回は、デジタル期について触れてみたい。

デジタル録音は、1969年に日本コロムビアとNHKが
世界に先駆けて共同開発した「PCM技術」に端を発する。
1972年にはPCMデジタル録音されたアナログLPが発売され、
1980年頃には数社からデジタル・ステレオ録音のアナログLPが発売されている。

皮肉にも、デジタル技術を音楽に応用し始めたのは日本だったというわけだ。
また、当初の再生メディアはデジタル…すなわちCDではなかった。
その後、1982年にソニーとフィリップス社が共同開発した
12センチの光ディスク「CD(Compact Disc)」が世に出る。

そもそも、なぜ録音をデジタル化する必要があったのだろうか。
一言でいえば「制作者(供給)側にとって都合が良かったから」だ。
デジタル化は、レコードメーカーに分割録音を含めた編集作業の効率化や、
コストがかかっていたジャケット制作を含めた、
製造・保管・流通の簡略化を実現させた。
そして、レコードメーカーの親社会である音響メーカーには、
新規の再生装置の需要拡大へと繋がる大きなメリットをもたらした。

消費者には利便性のみが大きく宣伝され、
この30年の間に、LPは処分され、CDへの買い変え需要が起こり、
その過程でメーカーには莫大な富がもたらされた。
そして、それこそが供給側の狙いであった。
今や、LPは過去の遺物となっている(1990年に製造中止)。

歴史上もっとも長寿なメディアとなったCDだが、
現在は、スティーブ・ジョブスらの登場で発展した、
パソコンを介在させた半導体メモリ(iPodなど)や、
インターネットのダウンロード販売(iTunesなど)に、
その存在意義を脅かされている。

登場から40数年で黒い塩化ビニール「LP」の歴史は幕を閉じた。
そして、今に至るまで「音楽の値段」は下がり続け、
メディアに関して言えば一分間当たり数万円から、今や数円程度になってしまった。

注・当記事は2013年に書かれたものだが、
  2019年現在、月額制の音楽配信サービスなどの定着により、
  音楽の値段は更なる下落を続けている。


演奏者も録音者も、たった三分間に全身全霊で打ち込んだ「SP」
Long Playingの達成によりオーケストラを一枚に収めた「モノラルLP」
技術の革新により音が広がりを持った「ステレオLP」
その登場と共にレコード・プレーヤーと針を葬った「CD」

そして、そのCDさえ趨勢は一時の物だったことが分かりつつある。
音楽は限りなく無料に近づき、その質的価値も著しく下がった。
供給側の都合が推し進めたメディアの度重なる変更は、
最終的に音楽の質の劣化を招いたのだ。
こういった事に気付くのは、たいてい新しいメディアへの熱が冷めた頃である。
CDというメディアが前三者より優れている点は、利便性と価格でしかない。

しかし、視点を変えると我々には大きく四つの選択肢があるとも言える。
現在の感覚では高額で手間が掛かるものだとしても、
心を揺さぶり人生観まで変えてくれるような音楽に出会いたければ、
メディアの歴史を遡ることで可能になるのだ。

このことを最後にお伝えして、
「クラシック音楽と録音技術の歴史」と題した本シリーズを終えよう。


以下、デジタル録音で収録されたLP2点と、
メディアの変遷に対応したベートーヴェン「運命」のSPおよびLPを紹介する。


ニュー・イヤー・コンサート1979
W.ボスコフスキー(vn)指揮ウィーンpo. 


 ニュー・イヤー・コンサート1980
L.マゼール指揮ウィーンpo.
こうもり序曲,,美しく青きドナウ,ラデツキー行進曲 他13曲


 F.ワインガルトナー指揮ロイヤルpo.
ベートーヴェン:交響曲5番Op.67「運命」


 H.v.カラヤン指揮po. E.シュヴァルツコプフ(s)
ベートーヴェン:交響曲5番「運命」
歌劇フィデリオより「悪者よ、どこへ急ぐ」


H.v.カラヤン指揮ベルリンpo.
ベートーヴェン:交響曲5番Op.67「運命」


H.v.カラヤン指揮ベルリンpo./ウィーン楽友協会cho. 
J.ペリー(s)A.バルツァ(a)V.コール(t)J.v.ダム(br)
ベートーヴェン:交響曲5番Op.67「運命」,9番Op.125「合唱」


*本記事は雑誌「BIOCITY」に掲載された記事のWEB版です
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