レコード・レーベルの黄金期 ~英国HMV編~

『ヴィンテージ・アナログの世界』
レコード・レーベルの黄金期 ~英国HMV編~
(BIOCITY No.58掲載)

前回から「大手」のレーベルについての特集を始めたが、
第2回となる今回は英国「HMV」を紹介しよう。

HMVと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、
かつて隆盛を誇った渋谷の超大型CDショップの姿かもしれない。
レーベルがそのままショップの名前になった直営店である。
他の直営店、例えば「アップル・ストア」と異なる点は、
アップルは会社としてブランド名を看板として背負っているのに対して
HMVは巨大企業EMIの一レーベルでしかなかった、という事だ。

EMI社は、それぞれ異なる方式を持つ二つの蓄音機会社が
紆余曲折を経て合併して出来たレコード会社である。
昔懐かしいビデオで言えばVHSの松下とベータのソニーが合併したようなもの。
そのため、EMIには音符のロゴを持つエジソン系のコロンビア(Columbia)と、
ニッパー犬のロゴを持つベルリナー系のHMV(His Masters Voice)と、
二つの異なるレーベルが合併後30年以上も併存していた。

このHMVとコロンビアでは契約演奏家が全く異なる。
HMVには著名な大物音楽家が多く、発明者から脈々と伝わる伝統と、
圧倒的な知名度を持つニッパー犬というブランド力を武器に、
大多数の顧客(多くは保守的な)を取り込んでいった。
HMVのレーベルデザインは蓄音機に耳を傾けるニッパー犬の上に
「His masters Voice」の文字が円弧上に書かれたお馴染みのデザインとなる。
商標として1900年には登録され、円盤型ディスクの登場時から存在する。

EMIが大企業となっていく歴史の裏で、
常にニッパー犬の争奪戦が繰り広げられたことは言うまでもない。
ニッパーこそが「葵の御紋」であったのだ。
前述した”圧倒的な知名度”を背景に、
買収、合併を繰り返しEMIは巨大化していった。

ニッパーのロゴは各国に使用権を持つ一社のみが存在し、
日本では日本ビクター(JVC)が”ニッパーロゴの使用権”を保有している。
一方で”HMV音源の日本販売元”である東芝は、
ロゴにニッパーを使う権利を持たないため、
やむなく親会社である米国「ANGEL」のロゴを使用している。
このような複雑さを常に孕んでいるのがEMI/HMVの特色である。
前回紹介したシンプルで技術で勝負してきたDECCAとは好対照。
大組織ゆえの利権争いに、購買者は常に付き合わされてきたのだ。

さて、HMVにも自社を王者に導いた名プロデューサーが居た。
その名をウォルター・レッグ(Walter Legge)という。
20歳でHMVに入社した彼は、一つの才能に長けていた。
それは、簡単には首を縦に振らない有名大物音楽家を懐柔する才能。

1945年、レッグは豊富な資金力を背景に、
後に英国二大オーケストラの一つとなるフィルハーモニア管弦楽団を創設する。
自社の録音の為に作られたこの楽団で、多くの名録音が行われた。

また、フルトヴェングラー指揮のウィーン・フィルの録音を、
いち早くカタログに載せたのもレッグであった。
音質の点ではデッカの後塵を拝すも、多数の著名音楽家を傘下に収め、
常にスター演奏家の録音を世に送り続けた。

名実ともに史上最強のクラシック・レーベルであり続けたHMV。
その影に、レッグあり。
彼は欧州音楽社会のフィクサーと呼ばれるまでになる。

EMI/HMVは常に新興勢力との競争にさらされながら、
トップ企業の座を70年以上に渡って守り続けた稀有な企業だった。
CD売上の低下を代表する音楽産業の変化の中で
母体であるEMIと共に、今では他企業の傘下となったが、
過去に残した栄光は決して色褪せるものではない。

現在でも各主要都市に掲げているHMVの看板を目にした時には
その業績、あるいはその後の栄枯盛衰に思いを馳せてほしい。


下記にHMVを代表する6枚のレコードを挙げる。

 A.トスカニーニ指揮 NBC交響楽団/ロバート・ショウcho. 
E.ファーレル(s)N.メリマン(ms)J.ピアース(t)N.スコット(bs)
ベートーヴェン:交響曲9番Op.125「合唱」,1番Op.21


 D.フィッシャー・ディースカウ(br)G.ムーア(pf)
シューベルト:美しい水車小屋の娘Op.25


 C.シューリヒト指揮パリ音楽院o./エリザベート・ブラッスールcho. 
W.リップ(s)M.ヘフゲン(ca)M.ディッキー(t)G.フリック(bs)
ベートーヴェン:交響曲9番Op.125「合唱」,5番Op.67「運命」


C.フェラス(vn)C.シルヴェストリ指揮フィルハーモニアo.
チャイコフスキー:Vn協奏曲Op.35,メンデルスゾーン:Vn協奏曲Op.64


 Y.メニューイン(vn)W.フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルo.(メンデルスゾーン)/フィルハーモニアo.(ベートーヴェン)
メンデルスゾーン:Vn協奏曲Op.64,
ベートーヴェン:ロマンス1番Op.40,2番Op.50


R.テュレック(pf)
バッハ:ゴルトベルク変奏曲B.988


*本記事は雑誌「BIOCITY」に掲載された記事のWEB版です
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